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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)8909号 判決

原告

濱谷弘康

右法定代理人親権者父

濱谷常男

同母

濱谷ヒサ子

同両名訴訟代理人

沼田安弘

小田原昌行

被告

株式会社豊島園

右代表者

堤康弘

右訴訟代理人

高崎尚志

君山利男

主文

一  被告は、原告に対し、金四〇六万〇〇八〇円及びこれに対する昭和五八年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件事故の発生

1  請求原因1の事実(「ビックリハウス」の設置)については争いがなく、同2の(一)ないし(三)の事実(「ビックリハウス」の構造等)についても「回転ルーム」が高速で回転するとの点を除き争いがない。

2  同3の事実(本件事故の発生)についても、運転開始時に原告が座席(座面)の上に立ち中腰で背もたれに寄りかかつていたのか、座席の背もたれの上端に腰かけていたのかの点を除き争いがなく、原告本人は中腰のような感じで座席の上に立つていた旨その主張にそう趣旨の供述をするが、〈証拠〉によれば、事故処理担当係として被告に勤務している訴外高山三四郎が本件事故発生直後に豊島園内の救護室において、原告及びその同級生三人から事情を聴きその内容をまとめた図面(乙第六号証)には、原告が座席の背もたれの上端に腰かけている状況が図示されていることが認められ、右高山証人は、原告もその友人である同級生達も右事故直後当時、原告が背もたれの上端に腰かけていたことを認めていた旨供述するところ、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により本件「ビックリハウス」と同機種の「ビックリハウス」の座席部分の写真であることが認められる乙第一号証の④の1及び弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる乙第二号証のうち「ビックリハウス」の内部写真を総合すると、「ビックリハウス」の座席の背もたれの高さは、正常に着席した場合、小学校の中、高学年の児童または女性の肩ないし頸附近の部分までをカバーする程度のものであることが認められ、右事実(背もたれの高さ)を参酌すると、本件事故発生直前の原告の姿勢については、原告主張のごとく座席(座面)の上に立ち中腰で背もたれに寄りかかつていたというよりも、座席の上に乗つて背もたれの上端に腰かけていたと表現する方が、より適切な状況であつたと認めるのが相当である(なお、この点に関しては、原告自身、本件訴状では座席の背に腰かけていたと表現していたことも参照)。

二被告の責任

前示のとおり被告が前記遊園地の経営者として「ビックリハウス」を設置して営業を行つているものであつて、その立場上、当然「ビックリハウス」の前示構造等を知悉していたか、知悉しておるべきであつたと考えられることや右のごとき立場にある者として、経験則上、小学校高学年程度の事理弁識能力を有する児童であつても、遊園地にきて「ビックリハウス」のような遊戯機に乗る場合、殊に、数人で一緒にきてふざけ合つているような場合には右児童らの関心、注意の対象が極めて限定されることにより、通常の大人からは、理解し難い行動に出る事がままあることは充分承知していたか、当然、認識しておくべきことであつたと考えられること及び前示「ビックリハウス」の構造等に照らすと、たとえ、「回転ルーム」が原告のいうような高速で回転するという程のものでないとしても、前示本件事故のごとき態様の事故が発生しうることは、事前に予見しえたものと推認するのが相当である。

しかして、被告の前記立場と「ビックリハウス」の前示構造等に照らすと、被告は、右のごとき事故の発生を防止するため、少なくとも、運転開始に先立ち「回転ルーム」内に入つた乗客が座席に正しく着座しているかどうかその安全を確認しうる装置を設置すべき注意義務があつたと解するのが相当である。

そして、〈証拠〉によれば、本件事故後、被告は「ビックリハウス」の座席にパイプ整ママの安全バーを設置し、さらに監視用のテレビカメラを設置した事実を認めることができ、右事実からすれば、本件事故発生前において右のごとき安全装置を設置することが不可能であつたことについて特段の事情の立証のない限り、本件事故前においても、右テレビカメラのような室内監視設備を設置することは可能であつたと推認するのが相当であり、「ビックリハウス」の前示構造等と本件事故の態様からみれば、右設備があれば本件事故の発生は回避しえたものと推認するのが相当である。

三損害

本件事故により、原告が受けた損害は、左の(一)ないし(五)に基づく合計金一〇一五万〇二〇〇円であると認めるのが相当である。

(一)  入院中の看護料(四日分)

金一万一二〇〇円

〈証拠〉によれば、原告の入院期間は計五一日と認められるが、そのうち完全看護であつた杏林大学医学部附属病院に入院中の計四七日間を除き、練馬総合病院に入院中の四日間につき、原告が当時小学校六年生と低年令であつたこと、重傷であつたこと及び母親が付添つたこと等の事情を考慮すれば、一日当りの看護料は、二八〇〇円を下らないと認めるのが相当である。

(二)  入院中の雑費

金二万五〇〇〇円

前記五一日の入院期間中、原告主張の二万五〇〇〇円を下らぬ雑費を要したものと認めるのが相当である。

(三)  入院、通院期間中の慰謝料

金七〇万円

前記傷害の部位、程度と入院期間(五一日)及び〈証拠〉によれば、原告は、その後、昭和五三年一〇月三〇日から同五五年一〇月八日までの間に実治療日数一〇日間の通院治療を受けていると認められること等を考慮し、前記金額を相当と認める。

(四)  後遺障害による慰謝料

金三〇〇万円

〈証拠〉を総合すれば、左の後遺障害が認められる。

(1)  左胸鎖関節部の強度の変形

(2)  右第二肋骨の変形

(3)  右胸壁の変形、発育障害(軟部組織の変形は形成手術を要する。)

そして、〈証拠〉によれば、右(1)の後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表第一二級五号の障害に該当するものと認めるのが相当である。右(2)及び(3)の障害は、いずれもそれ自体としては同表所定の障害に該当するものとは認められないが、同(3)の後遺障害は前示のとおり将来形成手術を要するものであることを考慮すると、原告の前記後遺障害に対する慰謝料は前記金額をもつて相当と認めるべきものと思料される。

(五)  後遺障害による逸失利益

金六四一万四〇〇〇円

〈証拠〉によれば、原告は昭和四一年六月一六日生まれの男子であることが明らかであり、右(四)の(1)の後遺障害が同表第一二級五号の障害に該当すると認定にされることを勘案すれば、原告は本件事故後六年後の一八歳のときから六七歳までの四九年間は就労可能でありその間を通じて、その労働能力の一四パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。そして、昭和五四年現在の全年令平均給与額が月額二八万一六〇〇円(賃金センサス昭和五四年第一巻第一表の「産業計・企業規模計・学歴計の年令階級別平均給与額」参照)であることを参酌して、原告の右労働能力の低下に伴う財産的損害の前記事故時における原価をライプニッツ係数を使用して算定すると左の算式により前記のとおり算定される(但し、一〇〇円未満切捨)。

(算式)

281,600×12×0.14×(18.6334−5.0756)

四消滅時効

1  原告は、抗弁1(一)の事実(損害と加害者の認識及び時効期間の経過)を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

2  しかし、〈証拠〉によれば、再抗弁事実(被告が、原告主張の頃に賠償責任のあること自体はあえて否定せず、むしろ、これを前提として原告と賠償金額についての交渉を重ねていたこと)を認めることができ、右は、原告のいう承認に該当すると解するのが相当である。

3  よつて、消滅時効の抗弁は、結局、理由がないというべきである。

五過失相殺

〈証拠〉によれば、本件「ビックリハウス」が豊島園に設置されていた昭和五二年三月二〇日から同五七年一一月二九日までの間の延べ乗客はおよそ一五四万人であるが、その間に発生した事故は本件事故一件だけであると認められることと前示本件事故の態様に照らすと、被告に前記過失が認められるにしても、原告が座席の上に前示の如き状態で立つていたことが本件事故発生の大きな原因になつていることも明らかである。そして、これらの事情と本件事故当時の原告の年令(小学校六年生)等を考慮すると、本件事故による損害については、過失相殺として、原告に生じた前記損害のうち、四割を被告に負担させるのが相当である。

六結論

以上の事実によれば、本訴請求は、前記損害額合計一〇一五万〇二〇〇円の四割相当額、金四〇六万〇〇八〇円及びこれに対する不法行為の日以後の日である昭和五八年九月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当であるから、原告の本訴請求を右の限度で認容しその余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (上野茂)

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